空気の抜けるような乾いた音と共に、自動式の扉が開く。彼は行く手に続く廊下の途中に、カルデアのマスターと槍持つ英霊が立ち話をしているのを見とめた。調査書らしきものを二人して覗き込み、見たところ次のフィールドで現れる敵のクラス編成でも確認しているのだろう。彼は一旦立ち止まり、調査書に目を落とすマスターの横顔をよくよく見つめた。初めてあれと相まみえた時分には、己が運命に対する迷いや戸惑いが瞳に現れていたものだが、なかなかどうして、良い目をするようになったではないか。彼は我知らず口端を少し上げて、彼女らの方に向かって廊下を歩き始めた。
*
彼女は次のミッションでのパーティ編成に悩んでいた。敵もこちらが手を抜けるほど弱くはないらしく、本気の編成会議が必要である。敵のボスはアーチャーのクラス。ゆえに、真っ先に思いついたランサーのところにまずは相談に来たというわけだ。
「カルナ、このタイミングで宝具を展開するのはどう思う? こっちのサーヴァントの全体強化スキルは既に一回使ってるから、チャージタイムが明けるまで粘ってもらって……」
カルナは言葉が多い方ではないが、その分、思ったことは端的に伝えてくれるひとだ。と、今のところリツカは思っている。カルナが長細い指を調査書に沿わせて、「そうだな……」と話し始めようとしたところ、リツカにとっては予想外の方向から予想外の声が聞こえた。
「魔術師よ。今日も存分に励むがよいぞ」
声の主は、通り過ぎざまにリツカの頭をひとつ撫でていった。大きな手が思いのほか優しく髪に触れるのを感じた。リツカは危うく調査書を落としかけるところだった。何たって、このカルデアに彼を召喚してからこのかた、そんな声の掛けられ方はしたことがない。彼女は勢いよく声の主の方を振り返った。
「オ、オジマンディアス王、居たんですか。っていうか、いま、頭……っ、……!」
言いたいことが全然言葉になってくれない。それを補うように、リツカは身振り手振りで何かを伝えようと試みた。オジマンディアスは廊下の途中で立ち止まって、彼女の挙動をしばらく興味深げに観察し、ついに堪えきれないというように笑い出した。
「良いぞ。貴様のその顔が見たかったのだ。なに、少々興が乗ったゆえな」
言うだけ言って鷹揚に笑い、オジマンディアスは機嫌良さそうに廊下を歩いて行ってしまった。リツカは、彼が去った後もしばらくはその方向を呆けた顔で見ていた。彼女の横から、カルナが不思議そうに指摘する。
「マスター。顔が赤くなっているな。暑いのか?」
ううん、ただ驚いただけ、驚いて心拍数が上がっただけのこと。リツカは自分にそう言い聞かせて、編成会議を再開した。頬が熱いのが収まっても、あのひとの指が髪に触れる感触だけが、いつまでも胸に残っていた。